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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)820号 決定

抗告人 サニー株式会社

右代表者代表取締役 金子泉

右訴訟代理人弁護士 小池金市

同 池田良彦

相手方 柿本悦男

〈ほか二名〉

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方らの移送申立てを却下する。」との裁判を求めるにあり、その理由は、別紙移送決定に対する抗告の理由書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、本件移送の申立ては、原告を抗告人、被告を相手方らとする東京地方裁判所昭和五七年(ワ)第一一、九一四号売買代金請求事件(以下「本案訴訟」という。)につき相手方らからされたものであるが、本案訴訟において、抗告人は相手方柿本悦男(以下「柿本」という。)との間の昭和五三年一二月一二日付商品継続売買契約(以下「本件契約」という。)に基づき柿本に対し売り渡した自動ドアー装置の売掛代金のうち未払金一、五一二万六、八一五円及びこれに対する遅延損害金を柿本及びその連帯保証人である相手方戸口田弘志及び同田渕義夫に対して請求し、これに対し相手方らは、移送申立ての理由中で、未払金の額を争うとともに、抗告人に対する柿本の本件契約に基づく売掛代金債務は、弁済によって既に消滅している旨主張していること、本件契約に関する商品継続売買契約書によれば、本件契約に関する一切の紛争は、抗告人の本店所在地を管轄する東京地方裁判所を管轄裁判所とする旨の合意(以下「本件管轄の合意」という。)がされていることが認められる。

右の事実によれば、本件管轄の合意は、本件契約に基づく取引に関する訴訟については東京地方裁判所のみを管轄裁判所とする旨の、いわゆる専属的管轄の合意であると認めるのが相当である。そしてその合意の効力について疑いをはさむべき資料は存在しない。

2  ところで、専属的管轄の合意がある場合において、受訴裁判所が民事訴訟法第三一条の規定を適用して訴訟を他の法定管轄裁判所に移送することができるか否かについて考えるに、同条は、その規定の文言から明らかなように、単に当事者の著しい損害を避けるという私益上の必要がある場合のみならず、訴訟の著しい遅滞を避けるという公益上の必要がある場合においても、受訴裁判所は、当該訴訟を他の管轄裁判所に移送することができる趣旨であるところ、本件管轄の合意は、抗告人が本件契約に基づく未払金の回収を容易にし、かつ、訴訟費用等の損害の増加を抑制する見地からされているものと認められるから、右合意は、当事者の利益上の必要からされているにすぎず、したがって、訴訟の著しい遅滞を避ける公益上の必要があるときには、受訴裁判所である東京地方裁判所は、これを理由として本案訴訟を他の法定管轄裁判所に移送することができるものと解される。

3  そこで、本件につきこのような公益上の必要があるか否かにつき検討するに、一件記録によれば、抗告人は、本件契約に基づく売掛代金債権の回収を容易にするため、抗告人側で選んだ鶴谷富久に相手方らを代理せしめ、昭和五六年一二月八日右鶴谷及び抗告人の代理人磯林の両名を東京法務局所属公証人楢島正義公証役場に出頭させ、同公証人に対し本件契約に基づく売掛代金二、一二八万四、九六五円及び柿本の委託に基づく立替金六七八万五、六九八円、以上合計金二、八〇七万〇、六六三円の債権につき公正証書の作成方を嘱託させたこと、同公証人は、右嘱託により昭和五六年第三、七一六号債務弁済契約公正証書を作成したこと、更に、抗告人は、右債権を保全するため、柿本に対しては同人所有に係る鹿児島市坂元町一、三三三番七の宅地(一八〇・一九平方メートル)及び同所所在の木造スレート瓦葺二階建居宅一棟(家屋番号一、三三三番七、床面積一階三一・四〇平方メートル、二階二八・九八平方メートル)につき昭和五五年一一月五日設定を原因として昭和五六年一〇月一五日根抵当権設定登記を経由したほか、右各不動産につき同年一一月七日売買を原因として同年一二月三日所有権移転登記を経由したこと、相手方戸口田に対しては同人所有に係る大口市里字一ツ橋ノ元五四八番二の宅地(三九七・〇五平方メートル)及び同所五四九番地所在の木造瓦葺平家建居宅一棟(家屋番号一三八番一、床面積七五・二〇平方メートル)外附属建物一棟につき昭和五六年一二月二二日抵当権設定仮登記を経由し、相手方田渕に対しては同人所有に係る肝属郡田代町麓山下五四二〇番地一所在の鉄筋コンクリート造陸屋根平家建居宅一棟(家屋番号五四二〇番一、床面積八二・五一平方メートル)につき昭和五六年一二月二三日抵当権設定仮登記を経由したほか、同人の妻田渕ヒロ子に対しても同人所有に係る同所五四二〇番一の宅地(六八九・二五平方メートル)につき右と同様の抵当権設定仮登記を経由したこと、更に抗告人は昭和五七年七月から九月にかけ、前記公正証書を債務名義として、相手方らの動産ないし不動産に対し強制執行に着手したこと、そこで、相手方ら及び右田渕ヒロ子は、抗告人を被告として、本件本案訴訟提起前である昭和五七年九月四日鹿児島地方裁判所に対し前記公正証書による強制執行の不許を求めるため請求異議の訴えと前記各登記の抹消を求める訴えとを同一訴状をもって提起し、同訴訟は、同庁昭和五七年(ワ)第九九〇号事件として同裁判所に係属したこと、右訴訟の請求原因として相手方らの主張するところは、要するに柿本が抗告人に対して負担する債務の額は、昭和五六年一二月七日現在で合計金一、九〇九万八、三六五円であるが、右債務は、弁済ないし代物弁済によって既に消滅しているから、相手方らは、抗告人から前記公正証書によって強制執行を受けるいわれはなく、また、抗告人のためになされた前記各登記は、相手方や田渕ヒロ子の意思に基づくものでなく、登記原因も不存在であるから、抹消されるべきものであるというにあること、抗告人は、右訴訟に応訴するに際し、本件管轄の合意があることを理由として鹿児島地方裁判所に対し、同裁判所の専属管轄に属する請求異議の訴えを除くその余の訴えを東京地方裁判所に移送するよう申し立てたが、同裁判所は、抗告人の右移送の申立てを却下したこと、抗告人は、これを不服として福岡高等裁判所宮崎支部に対し即時抗告の申立てをしたところ、同裁判所は、昭和五七年一二月二〇日抗告を却下したこと、そして、本案訴訟は、鹿児島地方裁判所に係属する右訴訟においてその存否が争われている債権のうち商品残代金(不渡りになった手形の分を含む。)の一部についての給付訴訟であって、両訴訟は、その攻撃防禦方法を共通にするものであることが認められ、また、争点である債権の額及び弁済の事実についての書証、人証は、抗告人の本店所在地である東京都にももちろん存在するが、相手方柿本の普通裁判籍の所在地である鹿児島市により多く存在すること、鹿児島市には抗告人の営業所が存在することが窺われる。

右の事実によれば、前記両訴訟は、訴訟経済の上からも、相互に矛盾する判決を回避する上からも、同一の裁判所に審理、判断させることが望ましいことはいうまでもないところであって、仮りに両訴訟をそれぞれ別個の裁判所で審理するときは、裁判所も当事者も、重複した訴訟活動を要請され、一方における訴訟資料を他方に援用する方法があるにしても、両訴訟は著しく遅滞するおそれを生ずることは、訴訟実務上見やすいところである。したがって、両訴訟は、同一の裁判所に審理、判断させるのが相当である。そうだとすれば、その裁判所は前記請求異議の訴えを専属的に管轄する鹿児島地方裁判所(本案訴訟についても相手方らの普通裁判籍所在地として法定管轄がある。)をおいて他に考えることができない。

抗告人は、相手方らが抗告人を困らせる目的で前記請求異議の訴え等を提起したので、本案訴訟は、争いの全くないと考えられる債権額に限定し、その確定と回収を急ぐために提起したものであるから、訴訟経済上も専属的管轄の合意がされている東京地方裁判所においてこれを審理すべきである旨るる主張するけれども、抗告人と柿本との間の本件契約に基づく取引は、前記のように、昭和五三年一二月一二日から昭和五六年一一月七日まで長期間に及んでおり、その債権の内容及び額についても、抗告人と相手方らとの間ではその主張が大きく喰い違っていて、本案訴訟において抗告人が主張する債権が争いの全くないものであるとは到底認められないから、抗告人の右主張は、採用することができない。

抗告人は更に、相手方らの提起した訴訟は種々の事件が併合されているから、金銭債権のみに関する本案訴訟を東京地方裁判所で審理、判断する方が遅滞が少い旨主張するが、相手方らの訴訟のうち請求異議の訴えと本案訴訟との関係は前記のとおりであるところ、前者はその性質上からも、又その内容からみても、鹿児島地方裁判所で早急に進行せざるをえないと考えられるし、登記関係の訴訟も、争点の中心は結局のところほとんど請求異議と重複するから(もし必要があれば分離も可能である。)、抗告人の主張は、採用することができない。

4  その他一件記録を精査するも、抗告人の本件抗告を認容するに足りる事由は、存在しない。

以上のしだいで、本件を鹿児島地方裁判所に移送する旨の原決定は、正当であり、本件抗告は、全く理由がない。

よって、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 吉野衛 山﨑健二)

〈以下省略〉

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